久しぶりに、カラオケに行きたい気分になった。
思い立ったが吉日。でも「1人はちょっとさみしい」と思い友人を誘ったのだが、友人には予定が入ってしまっていてNGだった。これは前日の夜にメッセージを送った自分が悪い。
というわけで人生初・1人カラオケ――略してヒトカラに行くことにした。
向かったのは「カラオケ館」。
学生時代から何度かお世話になっている地元のカラオケ店だ。
通い慣れた店なのに1人だと緊張するのはなぜだろう。自動ドアの「開閉」ボタンを押すのにMPが100くらいいる。
勇気が出るまでドア前のメニューを見て悩んでる客のフリをし、2分後にやっと店に入ることができた。
「ご利用時間は?」
「…3時間です」
受付でそんなやり取りをしながら手続きを進めていく。名前と人数を書くのにも力が入る。自分の名前の後に「女1人、合計1人」と書いたとき、なんとも言えない感情が湧いた。こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないの。
コミュ障を発揮しつつも、受付手続きがなんとか終わった。部屋の清掃で待ち時間はあったけれど、休日の昼にも関わらず5分で済んだ。思ったよりスムーズに入れてよかった。
部屋に入り、1人では明らかに持て余すスペースに圧倒される。ソファが広すぎる。自分が寝転がっても余裕なほどだ。
なんとなく端に座ってしまったのだが、よく考えたら1人しかいないんだし真ん中でいいじゃないか。移動してから荷物を置き、一息ついてカラオケの準備をしていく。
ドキドキしながら一曲目を予約する。
皆さんには最初に歌う定番曲があるだろうか。私の場合、始めに歌う曲は決まっている。
そう、千夜一夜だ。
私はSee-Saw症候群、石川智晶症候群の末期患者だ。石川さんと梶浦さんの歌はオタクのソウルに響くものがある。学生の時にすっかり魅了され、社会人となった今でも中二病をやめられずにいる。
千夜一夜は音程が高すぎず、毎回準備体操代わりに歌っている。しかし、雰囲気が暗めかつ女性の重厚なコーラスが入る(これが魅力なのだが)歌なので、パンピーにとって完全初見バイバイソング。
ちなみに、See-Saw関連の曲を歌えない場合、私は得意な持ち歌の4割を失う。「これガンダムの曲だから」とネームバリューを盾にゴリ押せるやつはあるんだけど、そうじゃないマイナーor重度の中二病ソングはさよならグッバイ。封印されし右腕みたいな状態になるのでかなり厳しい。
千夜一夜を歌っている途中で、お兄さんが飲み物を持ってきてくれた。
(なんかすみません、マイナーな中二病曲歌ってて……)
陰気オタク特有の過剰な自意識のせいか、何も悪いことをしていないのに謝りたくなるような気持ちになる。店員さんはいちいち気にしてないよ。うん、きっと大丈夫さ。自分に言い聞かせてカラオケを再開する。
歌い始めると部屋の仕様で照明が暗くなり、壁に絵が浮かび上がってくる。マイクの音に反応するライトアートのようで、魚たちが色鮮やかに光っていた。
カラフルで綺麗なんだけど
主張、強くない??
ディ●ニー映画に出てきそうな顔のサメがこちらを見ている。ふとした瞬間に目が合うんだな、これが。
相変わらず凝った演出だなと感心しつつ、ボッチだけど壁と照明は盛り上げてくれるんだなあ……なんて。孤独を意識すると賢者になりそうになる。やばい。考えるのをやめよう。
こうして陰キャオタクには高いハードルのヒトカラが始まったわけだが、そわそわと落ち着かない気持ちは歌っているうちに静まってきた。
よく考えたら、1人なのでのびのびと歌の練習ができる。初めて歌いたいと思った曲もいくつかあるし、ちょうどいい。
ここ一ヶ月、通勤中にエンドレスリピートして聴いていた曲を歌うことにした。
「深淵のデカダンス」
期間限定イベント 徳川廻天迷宮 大奥 TVCM - YouTube
FGO大奥イベントのCM曲で、カッコよさに一目惚れだった。絶対に歌いたい。
喉も温まってきたし、さっそく入れよう。
あれ????
キーワード「しんえん」まで入れていたときに表示されていた曲たちが、「の」を入れた瞬間いなくなった。
0件ヒット!
現実は非情である。
無慈悲な文章が画面上部に表示されていた。
そ、そんなバナナ……。ダメ元で歌手検索やジャンル検索をしたが、歌手名すら出てこない。なんということだ。
カラオケに来た理由を失い呆然としたが、新曲はまだまだ仕入れている。今日は同じ曲を2回以上入れても大丈夫だし、上手い下手気にせず歌えるぞ。無敵じゃないか。心を奮い立たせ、曲をどんどん予約していく。
歌いながら、持ち曲や歌いたい曲をまとめたever noteにメモを書き込んでいった。この日歌った曲にはだいたい
「難すぎる」
「サビが高すぎて死亡」
と書くことになった。好きな曲が歌える曲とは限らない。カラオケあるあるの悲劇(トラジディー)だ。
そんなこんなで、3時間はあっという間に過ぎてお会計の時間が来た。
店の外に出て薄暗くなった空を見ながら「こういう休日の過ごし方もあるんだなあ」としみじみ思った。
友人に誘われない限りめったに外に出ない自分が、自分のためだけにお金を使って外で過ごすというのは貴重な経験だった。
(もっといろんなアニソン、聞いてみようかな)
一歩外に出て、一ついつもと違うことをやる。
些細だけど、それで気づくことや変えたいと思ったことが確かにあった。
(新曲を仕入れて、また歌いに来よう)
カラオケリベンジを誓いながら私は帰路に就いた。